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みんな、おいでよ!/ちとく

【ヒャッカン】
夏休み終盤のある日の午後、あてにしていた「あそぼ」の声が掛からないまま遅い昼食を終えた少年は、心細くなって団地の同じ棟に住む友人宅へ向かった。ところが、少年と同じ4年生のSも、1コ下のKも不在、すぐ近くの公園にも人影はなかった。
少年は、誰かに会えるであろういくつかの候補地から「ヒャッカン」を採択、自転車で土手に向かった。
川に架かる長い橋を渡ると、土手がサイクリングロードになっていて、そこから川上に1km程遡ると、川の流れが右岸に偏った部分があり、左岸は土手の際まで雑木林を形成していた。
その茂みの中に一本だけ、カブトやクワガタの獲れる「ヒャッカン」と呼ばれる木があった。
少年は土手の斜面に自転車を倒して、夏の初めに来たきりだった「ヒャッカン」まで歩いた。少年は、樹液の出ている所や幹の穴、掘り返された根元などをひと通り点検し、何度か「ヒャッカン」を蹴飛ばした。
すると珍しいことに、目の前にミヤマクワガタが落ちてきた。「おー!」少年は、思わず声を上げてミヤマを拾った。弱っていて、背中にいくつか噛まれたような穴が開いていたけれども、少年にとっては、この夏一番の大物であった。
ミヤマを手のひらに載せて胴体の先、尻?の部分を爪でこすると反応は弱いが前進した。「チョメゾー!」思わず口から出た言葉がミヤマの名前になった。少年は、そのままチョメゾーの感触で遊びながら、来た道を引き返した。
【ガンジー】
再び土手の上に出ると、反対側の斜面に数人の6年生たちがしゃがみこんでわいわいやっていた。少年と彼らの1人の目が合った途端、皆一斉に少年を振り返った。少年は、その中に「ガンジー」の姿を認めて身動きできなくなった。
ガンジーは、年齢不詳で、いつも白い作務衣のようなボロを纏っている、痩せこけた色黒の若者だった。昼間から団地エリアを徘徊し、近所の小学生や中学生をかまっていた風変わりな人物で、本名や所属など誰も知らなかった。けれども、ガンジーの存在を知らない者はなく、誰でもいくつかのガンジー武勇伝を知っていた。
花火の五連玉を水平に打ちまくり婦人のスカート内に火の玉が入って火傷を負わせたという子供じみたものや、騒音で近所住民から抗議されていた工事現場のとび職を何人か半殺しにしたという本格的なものなど。
6年生たちの中から1人が少年のもとに歩み出て、少年のミヤマクワガタを確認した。あそこで捕ったと少年が指差しして説明している最中に、ガンジーを除くほかの連中が少年を取り囲んだ。「来なよ」「こっちこっち」連中の言葉はやさしいものだったが、少年には脅威であった。数人の6年生たちは、彼らの自転車の前にしゃがんでいるガンジーの前に少年を連衡した。
ガンジーと自転車の傍らには、横にした飼育ボックスとカブトやクワガタの死骸、さらには昆虫飼育に使っていたと思われるおがくずや止まり木が散乱していた。6年生たちは、ミヤマクワガタをガンジーに見せろと少年をつついた。少年が躊躇していると、棒でおがくずをつついていたガンジーが顔を上げた。ガンジーは、少年に向かって、黒人バスケ選手のような手を出し、黙ったまま「よこせ」と合図した。
少年は、6年生たちの手を振り切って一歩前進、自らガンジーに「チョメゾー」を手渡した。ガンジーは、それを片手で受け取ると、目の前にある自転車のペダルをもう片方の手で回し、後部車輪を高速で空回りさせた。
少年は、高速回転で縞模様になる後部車輪のスポークに、少年のミヤマクワガタが頭から突っ込まれるのをじっと見ていた。
ビシ!
少年のチョメゾーは、瞬時に胴体だけの姿になって、6年生たちは大げさに喝采した。少年も彼らに同調して「すげーすげー」と連呼したが、とってつけたような空騒ぎであった。
「あとは!つぎは!」6年生たちは、興奮気味に辺りに散っていった。少年が気後れして動けずにいると、ガンジーが泣く子をあやすように言った。「いいよ帰って」
ガンジーの生声を初めて聞いた少年は、なぜか特別扱いされたような気分で、わざわざ「自転車、自転車」とつぶやきながら土手を小走りに駆け上がった。土手の反対側に倒しておいた自転車に跨ると、少年は来た道と反対に、サイクリングロードを北上した。
【帰り道】
しばらく自転車に乗っていると、少年は、後部車輪がパンクしているのに気がついた。
原因はわからなかったけれども、途方に暮れる少年は、バチが当たったような気がした。チョメゾーが動く心地よい手のひらの感触を思い出した。少年が自転車を降りて、タイヤのたるんだ自転車をゴトゴト引いていると、団地の同じ棟に住む顔見知りの婦人に出くわした。
少年は、目が合うと無性に恥ずかしくなって、「大丈夫?」と発した婦人に返事も出来なかった。
土手の降り口で少年は、パンクした自転車を放置して、団地までの近道にあたるドブ川沿いの広めの畦道に入った。
丈の高い雑草と、青々と実ったイネの間で、少年は急に腹が立ってきた。
草むらにまぎれていた真っ直ぐな枯れ枝を拾って、刀のようにイネに叩きつけた。イネの穂は、ミヤマのチョメゾーのように飛ばず、折れて下を向くだけだった。
道の反対側の雑草群は、思いのほか快適に切断できた。少年は、狂ったように枯れ枝の刀で雑草を斬りつけた。「でや!とりゃ!」
やがて畦道が終わり一般道に出ると、団地のSと、自転車を引くKと、もう1人見知らぬ少女が少し離れたところにいた。少年は、駆け出したい衝動を抑えて、意味ありげに枯れ枝を引きずりながら、ゆっくり三人に近づいた。
【ザリガニ】
バケツを持って、夢中でお喋りしていた三人の背後で、少年は努めて明るく声を掛けた。
「おーい、何持ってる?」
びっくりしたように振り返ったSは、早口にいきさつを喋った。
「おー、見てみザリ!今日は朝から、いとこが来てさ。そんでサリガニ捕りたいとか言うから。な」
少年とSが対峙している傍らで、SのいとことKは別のお喋りを楽しんでいた。少年は、しゃがんでSのバケツを覗きこんだ。バケツの底には、十数匹のザリガニがひしめき、ゴソゴソと重なり合っていた。
「どうすんの?こんなに」少年が訊くと、Sは「な!どうすっか」と屈託なく笑った。
少年が、最も赤くて大きいザリガニをつまみ上げると、いとこの少女がKに何か耳打ちした。
Kは両手で支えていた自転車のスタンドを立てて、Sと少年の間に入ってきた。「それ、ダメだって」
少年は、つまんだサリガニをバケツに戻して、Sのいとこを見ずにKの自転車の傍らにバケツを移動した。
「面白いこんやるから見てみ」少年は、Kの自転車のペダルを手で回し、後部車輪を高速で空回りさせた。
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テーマ:短編小説 - ジャンル:小説・文学

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