スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

青空高く/輔

鎌田勇雄はとある会社の経理部で働いていた。勇ましい名前とは裏腹にひょろりと痩せていて顔色も悪い。まだ30代前半だというのにひからびた印象があるせいか、女性社員からは「シラス」というあだ名をつけられていた。
 無口で人付き合いの苦手な勇雄には3つの信条を決めていた。
  気にしない。腹を立てない。目立たない。
 最後の“目立たない”は掲げるまでも無いのだが、彼の趣味がその思いを強固なものにさせた。一昨年、母の死をきっかけに念願の一人暮らしを始めた。家財道具の次に買ったのはシャネルの口紅だった。肌が綺麗に見える色を店員に選んでもらいプレゼント用に包んでもらった。贈る相手などいない。彼が使うのである。ブラウスやカーディガンも買った。それらを身につけ、口紅を塗り、鏡を見た。勇雄は不満だった。首からウエストまでは良かった。が。口紅の滑らかな塗り心地にうっとりしたが、ファンデーションを塗っていない肌はくすみが目立った。ブラウスの柔らかな肌触りは嬉しかったが、下半身は筋張った足が棒切れのようだった。髪も真っ黒で短かった。口紅や上に着るものはプレゼントの振りをして買えるが、ベースメイクやウィッグ、スカートはそうはいかなかった。通販も考えたが怖くて踏み出せない。そんなある日、ネットで勇雄は画期的な場所を見つけた。これこそ自分の求めていた場所だ、と思った。都合の良いことに職場からは適度に離れていて、家とも逆方向だった。知ってる人とばったり、という危険は少なそうだ。
 それは雑居ビルの3階にあった。エレベータの中で足が震えた。ワインレッドのドアに金の文字で『Catherine』。会員制の女装倶楽部である。心臓がバクバクした。指先が冷たい。ドアノブを掴んで離してを何度も繰り返していたら、手がすっかり金属臭くなった。やっぱりやめよう、と思った瞬間ドアが開いた。そこには演歌歌手の大川栄策似の中年男性がいた。
「あら。初めて?」
見た目とは違和感たっぷりの口調。勇雄は声もなく頷いた。
「代表~。初めての方~。」
奥から出てきた代表と呼ばれる人は昔金持ちの家にあったピアノカバーみたいな服を着て巨体を揺すりながら出てきた。
「いらっしゃーい。怖く無いわよー。」
赤いベルベットのソファーに促され、入会案内と書かれたしごくまじめなパンフレットを渡された。
「即日入会はお断りしてるの。これ読んでからまたいらして。」
拍子抜けしたが、逆に安心感が持てた。カバンにパンフレットを押し込み外に出た。ワクワクした。捜し求めていた居場所をようやく見つけた気分だった。
 自宅に戻ると着替えもせずにパンフレットを見た。掲載されている写真の1枚に目が釘付けになった。何かのお祭の写真だろうか。女装をした男たちが神輿のようなものを担いでいる。「ようなもの」と言葉を濁したのは担がれているのが真っピンクの張子の男根だったからである。
 翌日、再びカトリーヌ倶楽部を訪れ入会した。入会時にここでの呼び名も登録する。イサコにした。こういうところで冒険できない自分がふがいない。副代表のミチルさんが案内してくれた。衣裳部屋に通されたとき、勇雄は抑えきれない興奮を感じた。色とりどりのスカートやワンピースがところ狭しとひしめいていた。メイク室は更に興奮した。ライト付きの鏡があり、その前には数え切れないメイク道具。棚には様々な髪型のウィッグがずらっと並んでいた。
「さ。入会記念にうんとおしゃれしましょ。」
化粧品売場の美容部員さながらにミチルさんからメイクの手ほどきを受けた。
「イサコさん若いから、このくらいの色がお似合いよ。」
明るめのファンデーション、パールピンクのグロス、チークとハイライトを入れたら顔色も良く見えた。ウィッグは栗色のストレートボブ。出来上がった顔は母親に似ていて、ちょっぴりせつなかった。
「あ、あの。パンフにあったお神輿の写真…。」
「ああ、あれ?すてきでしょ。カトリーヌ神輿っていうの。うちで奉納したのよ。女装した人しか担げないの。」
「ぼ、わ、私でも担げますか?」
「もちろん!でも結構重いのよぉ。」
聞くとお祭は4月だそうだ。まだ2ヶ月ある。この日勇雄には夢ができた。カトリーヌ神輿をとびきりの女装をして担ぐこと。カレンダーの祭の日に赤丸をつけた。
ダンベルを買い、筋トレメニューをこなした。1ヶ月経った頃、シラスがシシャモくらいになった。日々の生活にも張りが出てきた。同僚たちは勇雄にもようやく彼女ができたのではと噂した。
 その頃には2週に一度程度カトリーヌ倶楽部に行くのが楽しみになっていた。
「イサコちゃん、随分たくましくなったんじゃなぁい?」
「お神輿、担げるかしら?」
「大丈夫よ!当日はね、小型バスをチャーターして、倶楽部で準備をしてみんなで乗り込むの。遠足みたいで楽しいわよぉ~」

 祭前日はなかなか寝付けなかった。午前中から始まる祭のために早起きをして倶楽部に向かう。有志の会員で衣装室、メイク室は混雑していた。化粧品の匂いと男臭さが入り混じっている。
「ファンデとマスカラはウォータープルーフじゃないとダメよ!」
誰かが教えてくれる。妙に一体感があって楽しい。年齢も職業も違う、趣味だけが同じという人間が一つの目的のためにここにいる。出発の時間が近づく。勇雄は付けまつげと格闘していた。ようやくメイクが完成しバスに乗り込む。運転は会長。小一時間ほどで祭の開催地に到着した。雲ひとつない青空。まぶしいくらいだ。カトリーヌのメンバーがバスを降りると周囲からは歓声とシャッター音が一斉に起こった。勇雄は自分でも不思議に思った。堂々としていられたからだ。“目立たない”が信条の勇雄だったが、その信条はあくまで会社だけで適用されるようだった。神輿の出発時間になった。神社の前は見物客で人垣が出来ていた。勇雄は体格のいいシゲコさんの後ろ。
「行くわよカトリーヌたち!そぉれ、わっしょい!」
会長の掛声にメンバーが続く。
「そぉれ、わっしょい!わっしょい!」
張子とはいえカトリーヌ神輿は重かった。一歩ごとに肩に重みが掛かる。ウィッグと頭皮の間を汗が伝う。時折見えるシゲコさんの顔はもう溶けたようにドロドロだった。沿道から声援が上がる。どのくらい写真に撮られただろう。聞いた話ではブログにアップする人が多いらしい。会社員の鎌田勇雄なら写されたら困っただろう。でも、イサコは違った。神輿を担ぎながら思った。こっちの自分の方が好きだって。
 気がつくとゴールの神社が見えてきた。足元ばかり見ていたが光を感じて顔を上げた。そこには濃い青をバックに真っピンクの男根が輝いていた。
会社でも、隠れるように暮らすのは止めよう。堂々と素直に生きよう。今日であの3つの信条は捨てよう。そして新たな信条をひとつだけ。
  自分に嘘はつかない。
青空を突き上げるように輝くカトリーヌ神輿に誓う勇雄だった。
スポンサーサイト

テーマ:短編小説 - ジャンル:小説・文学

«  | HOME |  »

 『文章王の掌編小説ゼミ』  とは?

SEO対策:イベント

村松恒平 “『文章王の掌編小説ゼミ』”プロ編集者村松恒平による文章レッスンです。
皆さんの作品をもとに<秘伝>の文章上達法を伝授します。自分の文章を客観的に眺め、文章力をぐーんとアップするチャンス!メルマガではまだ公開していない文章の奥義もレクチャーします。

“『文章王の掌編小説ゼミ』”  7つの魅力

  • プロの編集者に自分の原稿を見せて意見を聞けます
  • 文章を読む目が育ちます
  • 文章が上手になります
  • メルマガとはひと味違う<秘伝>レクチャー
  • 文章上達の悩み、質問に答えます
  • 楽しい打ち上げ
  • 優秀作品発表

その他詳細は【文章学校】にて

SEO対策:小説

最近の記事

カテゴリー

月別アーカイブ

RSSフィード

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

リンク

このブログをリンクに追加する

アクセスカウンタ

ブログランキング

FC2ブログランキング

◆◆◆◆◆◆◆◆

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。