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破水/でんでら

カズネは男に抱かれながら自分の親指の爪を噛んでいた。苔むした土が背中にあたり、じっとりと素肌をぬらす。遥か高い場所でブナの梢がゆらりと揺れているのが見えた。梢の隙間から珍しく真昼の日差しを吸い込んだ、蒼い夏の空が見えた。
アリアケ山の中腹に広がる森は、霧に覆われていることが多かった。土にも岩にも幹にも黄緑色の苔がびっちりとはえている。まるでヒスイの玉の中へ閉じ込められているようだ。
震えるカズネの指を男がそっと唇から離した。リクだった。遠方へ塩を運ぶ、塩運びたちの護衛を務める青年だった。指先からかすかに血の臭いがした。さっき殺した二人の間者のものなのか、一緒に旅をした亡命者の血の臭いなのかわからなかった。リクの唇が重なる。経験したことのない肌触りにカズネの体はこわばった。
   □
カズネの両親は塩運びを生業としている。住んでいるタナミネの山で採れた塩を、南の海まで続く街道沿いの宿へ届けるのだ。そして帰りは海塩を背負って帰ってくる。それを山間の集落に届ける。カズネも十二歳になると家業を手伝い始めた。カズネは一度通った獣道をしっかりと記憶している少女だった。他の運び屋たちが気がつかないような植物を覚えていて、山で遭難しかけた一行を救ったこともある。まさに天職だった。
その腕を買われて政変に敗れた落人(おちゅうど)を、山向こうの土地へ逃がす役目を、塩運びの長から頼まれた。塩運びの裏仕事を十六歳の少女が決行するなどとは、誰の目から見ても無謀だった。カズネの父親は、西の山脈の麓に住む連中に任せたらいいじゃないか、と猛反発した。だが双方の集落では、春先に都で流行した熱病が襲いかかり、長老から落人逃がしの許可を得た者は、他界したか死線をさまよっていた。落人の婦人がそっと包みを開けた。「これで熱病のお薬でも」ろうそくの火で黄金が一瞬きらめいた。その場にいた全員が沈黙した。タナミネは都の氏族の支配下にあるため、安値で指定された宿に山塩を売り、高値で海塩を購入せねばならなかった。乏しい資金では購入できる薬にも限りがあり、幼い子は「間引き」と称して放置された。「……あたし、やるよ」カズネは呟いた。
それでも父親は躊躇していた。未経験者は経験者と組んで初仕事を行うからだ。話合いの末、護衛の館に残っているリクをつけることで合意した。二十四歳だが、二度も官僚級の落人逃がしを成功させている。官僚に比べれば、婦人は位が低い。放たれる間者もリクが経験した連中に比べたらたいしたことはないだろう。いずれまた政変は起きる。都は大体、二・三年単位で政の主が交代する。もしも、婦人が返り咲けば見返りがある。山塩が今年に入って若干値上がりしたのも、見返りの一つだった。
だが、アテは外れた。一人目の間者はリクに切り込まれた衝撃で腸が飛び出した。悶えながらカズネの方へ倒れこんだ。凄惨な光景を目撃したカズネは、間者を抱きかかえるようにして意識を失った。
カズネが間者の死体の下で目を覚ましたとき、あたりは血の臭いに満ちていた。リクが腕をもがれて呻く落人の胸元に、剣をつきたてた。狼がほえるような野太い叫び声をあげて、婦人は絶命した。俊敏だと信頼を得ていたリクが失敗した。自分の道選びも失敗した。カズネは吐き指を噛んだ。
   □
死体の前で怯えながら、自分の歯で爪をはがしているカズネをリクが不思議そうに見つめていた。「父さんも俺が母さんを殺したら同じように震えていた」と呟いた。「酒びたりでわめくことしかしないから、父さんが死ねと罵倒したんだ。俺もそう思った」その無感情な言い方で、リクがたった十歳で海辺に住む親元から離され、塩運びの集落に預けられた理由がわかった。彼は人を殺すようにと神に定められた人間だったのだ。
右手の爪が親指だけになったとき、膝を抱えて座っているカズネを背後からリクが抱きすくめた。「破傷風になるぞ」リクがなだめる。集落では一度も聞いたことのない温かい声。カズネが指を加えたまま振り向くと、リクはカズネを地に仰向けに倒した。前袷の衣をそっと脱がし竹筒から水を飲むと、カズネの指をはがし唇に接吻した。
リクの唇から流し込まれた水は苦かった。多分傷の炎症を抑える薬が入っている。カズネは吐き出した。婦人の叫びを思い出すと自分だけ助かることが憚れた。リクはそれでも諦めなかった。三度目のときカズネの目から涙がこぼれた。
飲み込んだことを見届けたリクはそっと胸をまさぐり、乳首の先を軽く噛んだ。びくっと、カズネの体が反応した。リクがにやっと笑う。初めて見る笑みだった。  
そのままリクは舌をみぞおちに這わせた。カズネはたまらず呻いた。袴の紐が解かれる。太腿を持ち上げられる。ひんやりとした風が秘部の茂みを通りすぎた。リクの手が花芯の突端をつまむ。カズネはかすれた声で応えた。やがて花芯から水溜りに足を踏み入れたような、ぴちゃっという音が聞こえた。カズネの胎内から生まれた水をリクがすすっていた。「嫌っ……」ざらりとした舌の動きに腰骨が熱くなる。カズネの息が浅くなる。死の光景が霞む。砂浜にかかれた文字が波によって消されていくように。それでも婦人の絶叫がカズネを現実に引き戻す。
「力をぬけ」リクが囁いた。目が合った。次の瞬間、石のように硬い異物がカズネの肉体に食い込んだ。「お母さん!」カズネは悲鳴をあげた。暴れるとリクに腕を押さえつけられた。やがて石は胎内で蛇となった。蛇は子宮をかき回す。
「……う」カズネは男に応えはじめていた。鈍い痛みに足の指一本一本がぴりぴりとしびれた。乳首の先がちりちりと痛い。乳房を引裂いて何かが出たいと願っている。産まれたいと願っている。カズネは産気づいた女のように、激しくあえいでいた。「何か」は心の深い処から徐々に浮上してくる。やがて姿を現した快楽という「魂」が、男の激しい息遣いに引き寄せられた。カズネは自らの唇を男に重ねた。歯がぶつかり合う。お互いの舌が絡んだ瞬間、激しい尿意を催した。腿の内側を温かい水がつたう。失禁していた。うっすらと眠気が漂いはじめる。カズネは、男が呻いて胎内に精を放った瞬間、すとんと眠りの闇に落ちていった。一緒に死の残像も闇に落ちていった。
   □
カズネは頬を叩かれて目を覚ました。リクの顔が見えた。木漏れ日が眩しい。起き上がって周囲を見渡すと、死体が目に飛び込んできた。ハエが一匹婦人の鼻先で円を描いている。一瞬、罪悪感が胸をよぎる。だが直ぐにその気持ちを飲み込んだ。平常心を取り戻したカズネは、立ち上がった。とにかく帰郷しなくては。太腿をリクの残骸がつっ、と流れ落ちる。カズネは冷たい水を感じながらアリアケ山に背を向けた。
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テーマ:短編小説 - ジャンル:小説・文学

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