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ラバーズ/でんでら

 ずるっ、と何かをすする音が聞こえた。携帯から目を上げると、真向かいの席でアキがシェイクをすすっていた。
「ねー、ウチのクラスのヒロカ。子どもできたらしいじゃん」
 アキがポテトをちゅうちゅう吸いながら言った。
「まじ?ってか、男にゴムをつけさせろって。ばっかじゃね」
 リカコはそう吐きすてると、携帯の送信ボタンを押した。
「彼とヒロカの間に壁を作るのが嫌なんだって」
「壁ぇ。壁ってほどゴムは分厚くねえよ。笑える」 
 リカコとアキは思わず手を叩いて大笑いした。リカコが足でテーブルを蹴ってしまい、ジュースがこぼれた。二人で悲鳴をあげてまた笑った。店内にいた連中が振り返る。軽くにらむと舌打ちされた。
 アキは自分も、財布にしまってあったコンドームの袋に穴が空いたことがあったと話した。彼氏にどんびきされたけど、一応ス股でやったらしい。
「最悪な十七歳のバースデーだったってわけ」
「最近じゃん」
 リカコはアキのまぬけ話を右耳で聞きながら、左耳で携帯の着信音を待っていた。音は鳴らない。他校生の笑い声と店内に流れる大音量のラップのBGMが、今日はむしょうにいらつく。今日もリカコの彼は不在。大学生というのは、いそがしそうだ。
 制服のひだを簡単に整えると、店を出て駅に向った。二人は帰宅ラッシュが始まった構内をすり抜けていった。アキは北側のホームから、リカコは南側のホームから家に帰る。秋の夕方六時はもう夜の始まりだ。ホームを照らす電灯が白々としていて目に痛い。込み合う各駅停車の列車にのって、退屈な三十分を過ごす。
 リカコの住む町についても、携帯は鳴らない。ほとんどシャッターが閉まっているメインストリートを、一人で歩いるときも鳴らない。彼から連絡がこなくなって、今日で一週間がたつ。
「やっべ、捨てられたかも。自分」
 リカコは足元にまとわりつく落ち葉を、軽く蹴飛ばすと団地の階段を駆け上がった。

「お早いお帰りで」
 キッチンに入ると、母が煙草を吸っていた。
「早くて悪いかよ」
 母の嫌味を軽く受け流すと、リカコは肩からかばんをはずして、隣の居間に放り投げた。かばんは山積みの洗濯物の上に着地した。
「ママちょっと出かけてくる」
「飲み会?」
「まあね。そうだ、今日、彼氏くんうちに来る?」
「……わかんね」
「来たらさ、キッチンの蛍光灯を直してもらってよ」
 母とリカコの頭上で蛍光灯が点滅していた。
「……ねえ、あんたたち、上手くいってる?」
 母が何かを探るような目でリカコを覗き込む。
「うん」
「いいねぇ。そろそろママも、会社の男の子と恋愛しようかなぁ」
「すれば?顔がいけてたら、リカコの新しいパパにしてもいいよ」
「真に受けちゃうぞぉ」
 母親がリカコの腕をつついた。青いグラデーションで装飾されたネイルチップが痛い。初めてみるネイルアートに、また会社をサボったとすぐにわかった。
「ねえママ」
 リカコは制服のまま食卓の椅子に座って、いつものように胡坐をかく。母がレンジでチンしてくれた肉まんをかじると、おなかがあったかくなった。
「ママ、新しいパパがきたら子ども産む?」
「自然の成り行きにまかせる。まだ三十八だから、ギリでいけるでしょ。何?新しいきょうだいが欲しいの?二人だけの生活に飽きた?」
「おばあちゃんなのに産むの」
「ママはおばあちゃんになんてならねえよっ」
「おばあちゃんになるの、嫌?」
「嫌」
 椅子から立ち上がった母は、見覚えのある柄タイツを穿いていた。
「あたしの勝手に穿くな」
「貸してよぉ、一晩一万でぇ」
 母は自分の財布から万札を一枚つまむと、リカコの膝においた。リカコは黙って肉まんにかぶりついた。
「ねえ、ママ。彼氏できたでしょ」
「あぁーんっ」
 リカコの母がわざと甘えた声を出して、抱きついてきた。
「じき、あんたにも会わせてあげるわ」
 母は新調したばかりのヒールを箱から出して、キッチンばさみでタグを切る。リカコに見せびらかすと、外へ出て行った。母を追いかけるように、玄関の白い鉄製のさびた扉が重い音を立てて閉まる。今晩からしばらく一人でお留守番だ。母に彼氏ができるといつもそうだった。
「つまんね」
 リカコは食卓に頬をすりつけた。何日も拭かれていないテーブルはどこかべたべたしていた。ぱちっ、という音がして食卓の蛍光灯が切れる。一人で過ごす夜は嫌い。小学生の頃から苦手だ。
 さあ、彼氏の出番。蛍光灯を直してくれるついでに、食事も作ってくれる。ふきんの漂白まできっちりやってのける。
 メールを送信する。あて先不明のエラーメッセージを受信した。慌てて電話をした。話中だった。一時間後も、二時間後も話中だ。リカコの自宅電話は止められているので、公衆電話からかけてみた。つながる。でも出ない。
「ちょっ、着信拒否かよっ」
 前の彼氏のときと同じだ。最初はメールアドレスを変更され、次に着信拒否をされる。数日たつと電話番号が使われておりません、とアナウンスが流れるようになる。
「逃げんじゃねえよ」
 リカコは震える声で何度も呟いた。「捨てられた」とは言えなかった。心で思っていても。
 
 着うたなしで、アキの携帯につながった。
 リカコが息を吸った瞬間「聞いて、聞いて」とアキが早口ことばのように繰り返す。
「実は生理がここんとこなかったのよー。あたし自分が妊娠したかもって、正直焦ったってことぉ!」
 アキも母と同じだ。一方的に話す。しきる。愚痴る。
 リカコは、自室で、なんどもばっかじゃねえ、と言い返した。ヒロカのこと笑えねえじゃん。
「……そう、ばか。親にすげえ怒られた」
「は?なんで親に言うわけ?子どもができたか、調べてから言えって」
「不安で……昨日、思わずママに言っちゃった……出来てたら堕ろしたいって」
「で?」
「お前一人の体じゃねえんだよっ、て怒鳴られた」
「ふーん」
「ママ、初めて泣いた……」
「……ま、生理きて良かったじゃん」
 リカコはそれだけ言って電話を切った。アキは一番大切なことを話してくれなかった。裏切り者にはもう、何も話さない。
 部屋のしずけさが耳に痛い。両腕で自分の体を抱きしめてみる。つまんない。やっぱり不安なときは、他人の誰かにぎゅうっとしてもらわないと嫌。再び携帯を開いた。パチッという軽い音が、誰もいない部屋に響く。
「やばいよ……妊娠検査したら陽性だったんだよぉ……」
 ――彼氏にメールで言ったら逃げられた。親はおばあちゃんになるのは嫌だって。てか、前から思っていたけど、あいつ「ママ」でいることも嫌なんだよ。だっていつも男に夢中で、あたしの話を聞く気ゼロだもん。
 電源の切れた携帯に向って愚痴っても、誰にも届かない。涙が一粒頬をつたう。
 リカコは声をあげて泣いた。隣の部屋の人に聞こえても構わないと思った。つけっぱなしのテレビから、芸人につられて笑う客の声が流れてくる。わざとらしいはしゃぎっぷりが、うざかった。
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