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東京/かもねむ

新緑で街中が華やぐこの時期、アスファルト上には遥か遠くの山々から風に乗って飛ばされてきたたくさんの花粉達が、窮屈そうにふり積もっている。路面で一瞬の休息をしていた花粉達は、風が吹く度、僕が地面を踏みつける度そして車が交差点を走り抜ける度、自分の意思とは関係なく、翻弄されるように再び空中にまた舞い戻るのだ。
スクランブル交差点で信号待ちをしていると、交差点の向こう側に隆文がいた。僕は隆文に手を振ったが、隆文はそれが僕だと気がつかない。お互いにもう何年も会ってないし、おまけに今僕は花粉症対策のためにひどく大きなマスクをしているわけだから無理もない。信号が青になり、まだ僕だと気づかない隆文とすれ違う直前、僕はマスクを外して顔を見せた。隆文は一瞬驚いて顔を引きつらせたがすぐに昔のままの笑顔で笑った。
「ひょっとするともう8年ぶり位になるのかな」近くにあったコーヒーショップで、指を折り曲げて数えながら隆文が言う。
僕らが学生の頃は都内でもまだ数少なかったこのコーヒーショップだが、今はどんな街にも必ず一軒ずつある。一緒に田舎を出てきた隆文は大学一年の時の同居人で、別々に住むようになってからもよく行き来していたのだが、就職してからは特に理由もなくお互い疎遠になっていた。それにしても8年という歳月があまりに早く過ぎ去った事に改めて驚く。その8年の間に隆文は一児の父親となり、僕は、重い花粉症に悩まされるようになった。
僕も隆文もどういうわけか山間にある僕ら二人の故郷にはほとんど帰らなかったのだが、先月隆文は久しぶりに親戚の告別式に出席するため帰郷したのだという。
「あのな。夕子ちゃんと偶然会ってな」夕子というのは、高校時代にただ一人、僕の恋人だった女の子だ。
「最初、あ、夕子ちゃん少し太ったかなって思ったんだけど、あれはお腹に赤ちゃんいたからなんだよ。あの娘、俺に何も言わなかったけど、間違いない。まぁでも幸せそうだったな」
大学一年の夏のある日、当時僕が隆文と同居していたアパートにアルバイトから戻ると、ドアの前になんの連絡も前触れもなく故郷にいるはずの夕子がいきなり立っていた。結局2日後、僕は夕子を田舎で待っている夕子の両親の元に送り届ける事になったのだが、二人ともお金の持ち合わせが少なく新幹線のチケットが買えずに、普通列車やローカル線を乗継ぎして故郷まで向かわざるを得なかった。列車の中で僕はあまり話をしなかったのだけれど、なぜか夕子はいつもよりずっと口数が多かった。新幹線ではないから当然、僕らの田舎までたどり着けないまま日が暮れてしまい、どちらから言うともなく途中下車した駅の近くの安宿で、僕と夕子は初めてセックスをした。
結局それ以来、夕子と会っていない。あの夜の夕子の白くて薄いお腹の皮膚の下には、今赤ん坊がいるのだ。
再開の約束をし、隆文とコーヒーショップを出る。再びスクランブル交差点で信号待ちをしている僕の前を、自動車が音を立て次々に走り抜けていく。その度アスファルトの上で、土にも帰れず、受粉もされない花粉達は空中に再び舞い上がる。そしてさらには風が遠くの山々から新たに運んでくる花粉達と合流し、落ち着く場所を求め彷徨うことになるのだ。後ろを振り返り、隆文の後姿を見届けようと探したのだが、隆文はもう人ごみにまみれ遠くに見えなくなっていた。人ごみには、花粉のせいだろうか、薄黄色に靄が掛かっているように見える。なんだか涙目になってきた気がして、ポケットにしまっていたマスクをまた取り出した。

『文章王の掌編小説ゼミ』

テーマ:短編小説 - ジャンル:小説・文学

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