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虹を見てくれ!/chitoku

小3の夏休み、×造一家に異変が起こった。
僕と×造を含む仲間数人は、毎朝顔をあわせていたけれど、8月初旬頃になると×造だけ、ラジオ体操にもプールにも来なくなった。気にした仲間の何人かが×造の団地を尋ねたけれど、何度か留守だった後、チェーンロックしたままの扉が激しく開いて、男顔の母親に凄い剣幕で怒鳴り散らされた。母子家庭のことも、気難しい母親なのも、皆知っていたけれど、その後たまたま僕達が×造の住む48号棟の下を通った時、ベランダで立ち竦む×造を発見、遊ぼうと声を掛けても黙って首を振る×造に、僕達が勝手に「異変」を感じたのだった。
その後お盆まで、僕達は退屈になる度に、48号棟の4階のベランダにいる×造を"見舞った"。×造はといえば、僕達が声を掛けるたびに、チョコやアメを落としてくれたり、自作の紙飛行機を飛ばしたり、お尻を出してテレビの物まねをしたりして、僕達を楽しませるのだった。
お盆の最中には、ラジオ体操も小学校のプールも休みになり、その間×造のことを忘れてしまっていた。
ある真夏日のプールの帰り道、誰かが思い出して皆で48号棟に寄り道した。僕達は×造を見舞っていた芝生スペースに、アメやメンコやミニカーやらが散乱しているのに気がついた。4階を見上げると、いつもの煮しめたようなランニング姿の×造が、ベランダから僕達を見下ろしていた。申し訳ない気がして、思わず僕は「わりい!」と叫んだ。仲間たちも口々に声を掛けた。「チョメゾー!」「遊ぼう!」
ところが×造は、前と同じように黙って首を振った。僕達は誰とも無く、そこら辺の落下物と思われるものを拾っては、4階のベランダ目がけて投げ始めた。×造は手摺りから腕を伸ばして掴もうとするけれど、たいてい3階までしか届かなかった。僕達が汗だくになって、真夏の陽射しに疲れてきた頃、×造の背後のベランダの扉が、音を立てて閉められた。×造は慌てて開けようとしたけれど、中から鍵を閉められたようだった。
「酷くねえ、それ」すっかり血の気が引いた僕達だったけれども、「おがあざーん」と泣き崩れる×造を放っておくことはできず、僕達は近くの駄菓子屋に走って、アイスのホームランバーを買って戻り、4階に向かって投げてみた。さすがに4階は遠く、皆で交代しながら投げ続けたが、ホームランバーは早々と溶けてしまった。もう一度、今度はタマゴアイスを買ってきて、僕はそれを、渾身の力を込めて投げた。球体のそれは思いがけず高々と上がったが、ちょうど4階辺りで失速、ダメかと思った瞬間×造の腕がベランダの柵から伸びて<ガシ!>×造が、見事タマゴアイスをキャッチした。ウオー!僕達は蝉の声もかき消すほど大騒ぎした。
次いで×造は、ベランダの端から水道のホースを引いてきて、4階から僕達に放水したのだった。全身潮を吹いて日射病寸前だった僕達は、×造の機転を心から喜んだ。「ヤッホー!」「脱げー!」
はしゃぎ始めた途端、ベランダの出入り口が開き、男顔の母親が憎々しげに登場した。×造はベランダの端へ追い詰められたが、階下への放水は続いていた。僕達は恐くて身動きできなかった。怒鳴り声と泣き叫ぶ声が交錯した。その時「虹!」僕は叫んだ。
握り締められたホースから噴出した×造の放水は、団地を包む見事な虹を作っていたのだ。虹に勇気を得た僕達は、4階のベランダに大声で叫び続けた。「おーい!虹!虹!」「虹!」

『文章王の掌編小説ゼミ』

テーマ:短編小説 - ジャンル:小説・文学

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