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ノラ/はな

セイヤが引っ越してきたのは小6の運動会の後だったから、おれがセイヤのとこに泊まったのは、多分11月。虫も鳴かない静かな夜だった。
「二時間ほど外に出てきてくれん?」
セイヤのかあさんは、夜の八時過ぎに帰宅するなりコートも脱がずにセイヤに千円札を握らせた。セイヤはうなづくと黙ってスタジャンを羽織りスニーカーを履いてアパートの廊下に出た。おれはあわててパーカーをつかみセイヤの後を追った。階段を降りる途中の踊り場に酒臭い煙を吐く中年男がいた。セイヤは知らん顔して通り過ぎたが、男はタバコをくわえたまま目を細めてセイヤとおれをじろじろと無遠慮に見ていた。

星のない空の下、街路灯をたどっておれたちは国道沿いのコンビニまで歩いた。色あせた赤地に『おでん』と白字ののぼりがちぎれそうにはためいている。コンビニ前の駐車場で大型トラックを風よけにしゃがみこんでいた中学生が3人、自動ドアをぬけて店内に入るセイヤとおれをちらりと見た。
「あいつらのこと見るな」
セイヤがいちご牛乳を見つめたままおれの袖を引っ張っぱった。
「おまえどっち?コーヒー?」
おれは甘みのないふつうの牛乳を持ってうなづいた。セイヤは声を出さずに笑い、慣れた様子で札と飲み物をレジカウンターに置いた。

コンビニを出るとほっぺたに冷たい雨粒を感じた。セイヤとおれは顔を見合わせ、空を見上げた。
「よう」
さっきの中学生がセイヤの肩に手を置いてにんまり笑った。黄色く濁った白目に小さな黒目。うっすら産毛が生えたくちもとに唇だけが鮮やかなピンクだった。セイヤは釣銭を握った手をそいつの手に重ねた。軽い握手。釣銭はセイヤの手から消えた。セイヤは肩をすくめて足早に歩き出した。
「こんだけかよ」
中学生の舌打ちを背中で聞いた。

「つめてぇ」
空き家の軒下で雨宿りした。雨と風は急にひどくなって水滴がスニーカーを濡らした。空き家の玄関戸には鍵がかかっていた。下側のガラスが割れていたけど、そんなところを通れるのはせいぜい犬か猫くらいだ。セイヤは軒下をまわって家の南側に回ると縁側のサッシ戸をそっとさわっておれに目配せした。
「開いとる」
「おい、やめろ」
セイヤはサッシをあけ、にっと笑うとその隙間に消えた。
「セイヤ!」
返事はない。おれはセイヤが消えた隙間から固体のような暗闇を見た。入ったら出てこれない気がした。セイヤは出てくるだろうか。中でミシミシとかすかな音がして、セイヤは中で歩き回っているようだ。
「セイヤ!」
一瞬、風向きが変わって、雨が南からまともに吹きつけた。おれの背丈ほどの庭木がぐんとしなって飛ばされた枯葉が顔に貼りついた。おれは雨風から逃げて暗闇に飛び込んでいた。

家の中は静かだった。暗いのはいやだけど雨には濡れないですむ。カビとホコリのにおいをかぎながらおれはほっとした。雨どいを伝い落ちる水滴が、遠い街路灯を反射してきらりと光った。サッシ戸には何度も雨風が吹き付けた。目が慣れると部屋の様子が見えた。大型テレビの絵がついたダンボール箱が四つ。フタがあいたのとしまったの。その向こうでカサリと乾いた音がした。
「セイヤ?」
セイヤはダンボールの陰にいた。
「シッ、箱動かすな。ゆっくり来い」
セイヤのそばにはなにかがいて、おれが近づくと鼻を鳴らした。
「こいつも雨宿り」
膝を抱えたセイヤのそばに犬がいた。おれは濡れたパーカーを脱いでゆっくりと犬の隣に腰を下ろした。カサリと乾いた音がした。犬の尻尾がダンボールにこすれる音だ。セイヤとおれは甘いいちご牛乳を分け合って飲み、おれの牛乳は犬にやった。

セイヤがダンボール箱をつぶして床に敷いた。おれたちは肩をくっつけあって座り、ふたりで一枚のスタジャンを羽織ってガタガタ震えた。牛乳を飲み終わった犬はセイヤとおれの間にもぐり込もうとしたが、隙間がないのでおれたちの膝の上に座り込んだ。
「あったけぇな」
「犬ほしい」
「おれも」
犬はうとうとしはじめた。おれは犬の頭を抱いて首をそっとなでた。右肩に大きなハゲがある。首輪はついてない。
「ノラじゃな」
セイヤがささやいた。おれはだまってうなづいた。
「おれらも?」
とささやいてセイヤはちょっと笑った。おれはセイヤと肩が離れないようにスタジャンの前をひっぱった。


翌週の月曜日、セイヤは給食のパンとチーズを残してランドセルに押し込んだ。午後は音楽一時間で終わりだ。犬はもうあの空き家にいないかもしれないけど、あそこに置いとけばまたきて食べる、とセイヤは言う。運動場の方で外掃除の騒ぐ声を聞きつけてテラスに出た奴が、おーいと教室掃除のみんなを呼んだ。
「犬がおるぞ」
それはみっともない犬だった。毛は白茶けてツヤがなく短足ガニマタでよぼよぼと歩く。セイヤとおれは顔を見合わせた。右肩に大きなハゲ、首輪はない。犬は外掃除の奴らに追い立てられて運動場から出て行こうとしたが、そこへ給食の残りのパンと荷紐を持った教頭先生が現れた。目やにの犬はパンにつられてよぼよぼと教頭先生に近づきパンを見上げてお座りした。先生はパンをちぎって犬に食わせ
「保健所に電話!はやくね」
と一緒にきたもう一人の先生に笑顔をむけた。犬は尻尾を振って先生の足をなめた。先生は顔をしかめ、残りのパンを少しづつ食わせながら荷紐で犬の首をくくった。

ちょうど掃除時間だった。教室掃除当番はみんな掃除そっちのけで犬が捕まって荷ひもで職員室の前につながれてしまうまでを二階テラスから見ていた。
「捕まったな」
「あいつじゃろ、夏休みにも学校にきて教頭先生に追い出されよった」
「まだ生きとったんじゃなぁ」
「飼い犬かもしれんで」
「それなら首輪があるわ」
「ノラじゃ、ノラ」
「ホケンジョ、ホケンジョ、ホケンジョ」
みんなは口々に何かいいながら教室に戻ったがセイヤは冷たい手すりにあごを乗せたまま黙って犬を見ていた。通りかかった外掃除当番が竹箒で犬をつついて笑った。犬はそいつにも尻尾を振った。
「しょぼいパンでだまされやがって」
セイヤの小さな声が聞こえた。

音楽室へ行く途中でセイヤはおれに教科書とリコーダーを渡して消えた。
「先に行っといて」
音楽室は二階のいちばん端っこで見晴らしがいい。音楽の授業が始まってすぐ、窓際の席の誰かがクスクス笑い出した。廊下側にいたおれは外から「犬が逃げた!」という声がするまでなにも分からなかった。セイヤはおれの前の席でリコーダーを吹いている。何も気づかないフリしてる。おれがリコーダーで背中をつつくと一瞬振り返ってにっと歯を見せた。

12月最初の雪の日、犬は車にはねられて死んだ。セイヤとおれはパンを残さなくなって先生にほめられた。

テーマ:短編小説 - ジャンル:小説・文学

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