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6月の花嫁/エフ

 窓を閉めないと、雨が入ってきちゃうよ。
 妹は言いながら、畳の床にうつ伏せに寝転んだ。灰色の鈍い光が、降り込んだ雨に濡れた畳を照らす。窓ガラスに雨が当たって、ぱらぱらと音がした。
「この部屋ともお別れかぁ」
 妹のつぶやきは、部屋の中をぐるりと漂い、畳の目の間に吸い込まれていく。
「お姉ちゃん、さみしい?」
 妹が笑う。
「さみしいよ」
 両親と別れてから、ずっと二人でいたから。妹の荷物がなくなった薄暗い部屋を見回すと、ずいぶんがらんとして見える。
「風邪ひかないように気をつけなさいね」
 わかってる、と言いながら、妹がごろりと仰向けになる。シャツがめくれて、腹がちらちらと覗いた。
「ねえ、お姉ちゃん。麦茶飲みたい」
 妹がずいぶん甘ったれた声で言う。自分でやりなさいよ、と言いつつ、冷蔵庫から作り置きの麦茶を取り出してグラスに注いでやる。黒砂糖を一つ入れるのが、うちの麦茶だ。
「はい。こぼさないでね」
 手渡すと、妹はグラスの半分くらいまで、一気に麦茶を飲んだ。滑らかな喉が、微かに上下する。
「最後だね」
 妹は言いながら、グラスを畳の床に置いた。生暖かい風が吹いて、カーテンがちらちらと揺れる。しっとりと湿気た光が、妹の白い太ももを照らした。
「そうね。最後ね」
 仰向けに寝転ぶ妹の上に、ゆっくりと馬乗りになった。妹は驚いた様子もなく、ただわたしを見上げる。薄い腹の上に座ると、ぐぅ、と息を漏らした。細い首に手をかけると、猫の首をつかんでいるような、心もとない感触があった。温かな妹の首は湿っていて、親指にとくとくと脈を感じる。
「わたしは、妹も、恋人も、一緒くたになくすのよ」
 首に回した指に力をこめると、妹が眉間にしわを寄せて、けれども小さく笑んだように見えた。恋人を奪った妹が憎いのか、妹を奪う、わたしの恋人であった男が憎いのか、わたしにはわからなかった。
 ただ、雨音だけが、頭の中で反響する。
「お姉、ちゃん」
 ほとんど吐息だけの妹のささやきが、どうしたって愛おしかった。投げ出した妹の手が、置きっぱなしのグラスを倒し、麦茶がさらさらとこぼれていく。
 降り続く雨の気配が、部屋の中でぐるぐると渦巻く。黒砂糖の微かに甘い匂いが、じっとりとわたしの肺を満たして、ひどく息苦しかった。

 週末の、妹の結婚式には、きっと雨も止むだろう。

テーマ:短編小説 - ジャンル:小説・文学

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