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カインの炎/永都由崇

――しかしカインとその供え物は顧みられなかったので、カインは大いに憤って顔を伏せた――   創世記 第四章より

 なぜだ! なぜだ! なぜなんだ! この肉体に鞭打ち、照りつける陽に焼かれながら、俺が血と汗を注ぎ込んで育てた大地の作物よりも、あの弟が、一日のんきに笛を吹いているだけの羊飼いが捧げた子羊の供え物のほうが、愛が勝っている筈など無いではないか!
  なぜ神は、いつもあいつばかり愛するのだ! なぜ俺の真心をわかってくれないのだ!
 あぁ! 俺はあいつが妬ましい! あいつのことを考えるだけで、この胸は気も狂わんばかりに燃えあがって俺を苛む! あいつさえいなければ神の愛も少しは俺に向けられるかもしれない。そうだ、あいつさえ、あの弟さえいなければ……!


 なぜこいつは俺の後を素直についてくるのだ? いかに実の兄とはいえ、こんな焼けつく荒れ野に呼び出されることをいぶかしむ心は無いのか? 俺の、自分でも恐ろしいほど真っ赤に膨れ上がった心臓では、憎悪が黒い業火となって燃え滾っているのに、ははっ、こいつは俺を気遣い、やれ、石混じりの荒れた土で足は大丈夫かと言ってみたり、先日、自分の羊に何匹子供が生まれただのと話をして和ませようとしている。この愚劣とも思える無垢さ、まるでこいつが飼っている羊そのものではないか。この純真な魂こそ神が愛する所以なのか?

 それにひきかえ、俺はいったい何をしようとしているのだ? こいつを、同じ母の腹から生まれた血を分けた弟を、この隠し持った棍棒で殴り殺そうと企んで連れ出しているのだぞ……! こいつとはまだ幼き日々、父と母に見守られながら大地を駆け回り、笑いあったこともあるというのに……

 あぁ、ついてくるのを止めて、こいつが引き返してくれたなら……それが叶わないのなら、このままどこまでも歩いて行ってしまおうか? だが皮肉にも足を進めるたびに俺は、暗黒の淵に向かって引き返すことのできない歩みを刻んでいるような気がする……                  
 くそっ、このぎらぎら燃える太陽が俺を蝕む。灼熱の空気が肺を焦がし、胸が苦しく、目が霞んで、気を抜けばたちまち倒れてしまいそうだ。いったい……いつまでこんな思いをしなければならないのだ……誰か、誰か俺を助けてくれる者はいないのか……
 
 ……やはり……この地獄から逃れるためにはこいつを殺すしかないのか……この弟を…………………うぅ……頭の奥底で何かが囁く声がする。早くやってしまえ、すぐに楽になれるぞ……この棍棒でこいつの脳天を叩き割るだけだ、と……これで……これ……で………………


 …………俺は……俺は殺してしまった……あいつを、実の弟を殺してしまった……この掌には今でもあいつの血のぬめりと臭いが残り、いくら擦り洗っても決して落ちることがない。

 それもこれも全て神のせいだ。神はあいつの姿が見えなったときも、愛する者の不在を嘆いて俺を厳しく問い質した。そして、俺の懺悔も、悶える想いの吐露も冷たくあしらったものだ。

 そんなにあいつが大事か。この俺よりもそんなにあいつが……!

 ほんのわずかでも俺に、あいつに対する十分の一でも百分の一でもいい、優しい言葉の一つもかけてくれればこんなことにはならなかったのに……!

 それなのに神は、罰として俺を追放するため、俺の土地に作物が実らないようにと呪いをかけ、他人に弟殺しの罪過がわかるよう肉体に印をつけ、俺を殺した者には七倍の復讐があるなどという仕掛けまで施した。弟の命を無残に奪った罪に魂を押し潰され、苦悶する日々を送らせるだけでは足らず、寄る辺のない地上をさすらい、白日の下にさらされた罪によって、人から唾棄され、侮蔑の石つぶてを投げつけられる宿命を俺に与えたのだ……

 ……だが、それが俺に与えられた罰ならば、いいだろう、受けてやろう。俺がこの地上を生き続ける限り、嫌でも神は俺を目にしないわけにはいかないのだ。土の下で朽ちて骨となり忘却されることはないのだ。

 生きてやる。生きて生きて、生き抜いて、神がもっとも嫌悪する、この俺の呪われた分身、薄汚い血を受け継ぐ子らで地上を満たしてやろう。

 さあ、もう行かなければ。この地に留まることはできない。あいつの、俺が愛し憎んだ、血肉を分けた弟の声が土の下から聞こえてくるこの土地では、俺の猛る復讐の意志も萎えてしまうというものだ。

 さあ、祝福せよ、我が弟よ、炎に狂った兄の旅立ちを!!

テーマ:短編小説 - ジャンル:小説・文学

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