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11歳の偏執/ちとく

布団の中で少年は、剥けそうなチョメゾーの包皮を、必死で先へ先へと集めていた。触ると痛い中の肉のこと、剥がすと出てくる臭い垢のこと、風呂場で剥くと湯が腹の中に入ってしまいそうな不安などについて、いつか本当の父親が教えてくれる筈だった。
少年が寝室から出ると、洗面所周辺は、父親の整髪料と煙草の匂いで充満していた。
少年は、寝床に入ってもすぐには眠れない性質で、必然的に朝は寝覚めが悪く、いつも両親どちらかの怒鳴り声で目を覚ましていた。既に着替えの終わっている妹を尻目に、少年は父親に気を使った。「お父さん、お早うございます!」ところが父親は少年に甘くなかった。「いつまで寝てんだ、この馬鹿!」
父親は、母親の支度が遅れると、自ら台所で茶を淹れた。母親にとってそれは当てこすりであり、たいてい「私がやるから向こうへ行ってて」と憤った。父親は、待ってましたとばかりに怒鳴った。「お前がやらんからやってるんだよ、なんだその態度は、この馬鹿!」
負けん気の強い母親は、「悪うございましたっ」と吐き捨てて少しも悪びれず、父親を無視して子供たちの着替えを出したり、ベランダの洗濯機と風呂場をこれ見よがしに往復していた。
先に起きていた妹の忘れ物チェックを済ますと父親は、しばらく便所に引きこもった。そのタイミングで、毎朝少年は食卓に向い、焼き冷ましの食パンなどを齧るのであった。
どんなに時刻が逼迫しようとも、朝食を残さなかった少年は、小学校の遅刻が日常的であった。少年にとっては、先生に叱られるより、食卓に出された朝食を残さないことの方が大事だったし、両親もそれを咎めなかったからだ。
「紙がねえぞお!」
便所のドアに、中からチリ紙置きがぶつけられて、一瞬、朝の慌ただしさが止まった。少年は、チリ紙を取りに行こうとしたが「いいから食べなさい!」と母親に制された。母親は、なおも悪態つきながらチリ紙の入っている押入れを開けた。「早く持ってこい!」再び父親がヒステリックに怒鳴った。
父親が便所から出ると、「おしっこ」とわざわざ口に出して、少年は逃げるように便所に入った。
父親の後の便器には、いつも吸殻が捨ててあった。少年は、チョメゾーの先を吸殻に向けた。小便が飛び出す直前、下を向いた包皮が皺を伸ばし、マンガの蛸が口を尖らすように少し伸びた。「行け」と小さく呟くが、包皮で小便がシャワー状になるので、少年は少しだけチョメゾーの先を剥いた。
小便は的確に命中、吸殻は平たい便鉢から押し出されて、金隠しの溜め水に落とされた。少年は、力を込めて、残り少ない小便を吸殻に命中させ続けた。くるくる回っていた吸殻は、やがて紙が破れてフィルター部分が分離し、刻まれた煙草の葉が溜め水一面に散らばった。
事を成し終えた少年は、小便のついた包皮を先へ先へと丸めて下着をはき、貯水タンクの洗浄レバーに手をかけた。
「ゴゴー」と呟きながら少年は、父親の捨てた吸殻が便器に飲み込まれていくのをじっと見ていた。
「いつまでやってんだ、この馬鹿!」少年が便所から出ると、父親は靴を履きながら罵った。その時そこには、母親も妹もいなかった。「いってらっしゃい」少年は、父親が出て行くまで一人でそこに立っていた。
本当の父親が現れにくくなっては困ると考えて、少年はいつも、父親に気を使っていたのだった。

テーマ:短編小説 - ジャンル:小説・文学

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